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2024年11月03日・年間第31主日(B)

申命記6.2-6/詩編18.3,23+25,47+50/ヘブライ7.23-28/マルコ12.28b-34

私たちは、旧約聖書(出エジプト記20.1-17、申命記5.6-21参照)にあるように、モーセを通してイスラエルの人々に教えられた十戒を、知らないという訳ではありません。同時に、現代の人々を導くすべての十戒の骨子として、一般的にいろいろな形で理解されている、イエス様が教えて下さった最も偉大な掟も、知らないという訳ではありません。神さまをほんとうに愛するという事は、私たち皆が隣人をほんとうに愛するという事へと、自然に導いてくれるということを、私たちは、ことばの典礼の後半で学んでいく事でしょう。ですから、私たちは、神さまの掟を守り続けるのです。

 

ひとりの律法学者が、すべての掟の中で最も偉大な掟は何なのかと、イエス様へ問いかけました。イエス様は、お答えになりました。1の掟は、これである。こころを尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。第2の掟は、これである。隣人を自分のように愛しなさい。この二つにまさる掟はほかにない。

 

イエス様は、最も偉大な掟についてのイエス様の教えを、その律法学者が理解して、どのように答えるのかをお聞きになって、その律法学者に「あなたは、神の国から遠くない」と言われました。その律法学者へのこれらの最後のイエス様のみことばは、今日の私たちの黙想のための出発/始まりとしての、とても興味深いものとなるでしょう。福音の中での律法学者が、それ以来、最も偉大な掟をどのように守ってきたのかを知る事も、とても興味深いに違いありません。

 

神さまを愛する事は、まさに私たちが自分たちの事を大事にするように、隣人を愛する事によって証しするようにと求められている事であり、キリスト者としての生き方の核となるものです。私たち一人ひとりへの神さまの愛が、隣人への愛についてのイエス様の教えを、私たちがもっと深く理解できるようにと導いてくださいますように。隣人を愛することに疲れてしまったと私たちが感じる時、一休みするのはとても悪い事ではありませんが、隣人を思うこころを取り戻すための祈りは、決してやめてはなりません。お互いのために祈るという事は、神の国から遠くないと言われるに値するようにと、私たちを導いてくれます。イエス様のどんな生きざまも、もっと深く理解していきましょう。